敷金返還vs.現状回復

賃貸物件を退去するときに、敷金が返ってこないことがある
現状回復ってどこまでするの?ー原状回復ガイドライン
現状回復についての特約に注意
いざとなったら少額訴訟

賃貸物件を退去するのに、敷金が返ってこない!

 賃貸物件を退去するときのトラブルで、「預けてた敷金を返してくれない」「原状回復費用としてめちゃくちゃ請求された!」というのがよく聞く話です。

 敷金は、入居時に大家さんに預けているお金で、退去時には返還されます。
ただ、家賃未納だったり退去に伴うクリーニング費用等がある場合は、敷金から清算して残金を返還する、というのが多いパターンです。
 なので普通に使用していた(優良な)借主だとしたら、退去するときにほとんど戻ってくるのが普通。 なのに、たまに返してくれない場合があります。
主な理由は2つ、「1・そもそも預かっていない」、「2・原状回復費用として使った」です。
1・そもそも預かっていない…10年以上住み続けている場合、当時の契約書や記録がなくなっているため、大家さんが敷金を把握していない場合があります。
また、建物の所有者が変更したときに、通常ならば今までの所有者から新しい所有者へ敷金の受け渡しをするけど、これを怠ったため、新らしい所有者は「敷金もらってない」といってる場合です。
この場合は、敷金は(当然に)新しい所有者に承継されてることになるので、自分が入居時にちゃんと敷金を払っているという証拠をだせばOK。受け取ってないのは新所有者の責任でしょ。

2・現状回復費用として使った…退去時トラブルで一番多いのが、原状回復についての認識の違いからくる、費用は誰が負担するか問題。
本来なら借主じゃなく賃貸人が負担するべき部屋の修繕費用を、さも当たり前のように借主に請求してくる賃貸人(管理会社)がいます。
そして勝手に敷金から費用を差し引いてるパターン、さらには追加で費用請求してくる業者も(けっこう)います。でもそれって、本当に借主が払わなきゃいけないものなの?

現状回復ってどこまでするの?ー原状回復ガイドライン

 現状回復についてのトラブルは多いので、これに対処するため国でガイドラインを作っています。
ガイドラインなので法的拘束力はないのですが、現状回復の判断基準として使えるので、やたら現状回復費用を請求してくる業者に対しては「国のガイドラインに沿っての計算ですか?」と言ってやってください。
 中には修繕の見積もりも見せずに、原状回復費用を請求してくる業者もいるので注意です。
ほどんどの業者はこれを言えば「再計算します…」といって原状回復費用を見直すはずです。
(なぜか不動産業者は)請求できるもんはとりあえず請求してみる、みたいな考えを持っている方も多く、「これでそのまま払ってくれたらもうけもん、なんか言われたら直せばいいや」っていう風潮があります。
 なのでこっちも言われるまま支払うのではなく、「その費用の根拠を出してください」くらいは言ってもいいでしょう。

 ガイドラインというのは、国土交通省が出している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)のことです。
再改訂版とついてる通り、内容が時代に合わせて変更されていて、初代は1998年、改訂版が2004年、そして再改訂版は2011年に作られています。なので今後さらに再々改訂版が出てくるかもしれません。

 書かれている内容で大事なところは、”建物の損耗の補修を誰が負担するか”です。
誰がいっても、負担するのは賃貸人(所有者)か賃借人(住んでた人)のどちらかなんですけど。
で、ガイドラインの中では、①経年劣化、②通常の使用による損耗については賃貸人負担、③賃借人の故意・過失、通常の使用を超える使用による損耗については賃借人負担、となっています。
 要は、賃借人が故意過失により毀損したとしても、補修費用を全額負担することはなく”故意や過失による損害、異常な使い方をした部分の補修”部分だけ賃借人が負担してね、ってことです。残りは賃貸人が払うことになります(その分は家賃として払っているとも言えます)。

そもそも原状回復って何?

 民法第621条に「(賃借人の原状回復義務) 賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生 じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた 賃借物の損耗並びに賃借物の経年の変化を除 く。 以下この条において同じ。)がある場合に おいて、賃貸借が終了したときは、その損傷 を原状に復する義務を負う。」という規定があります。
 この規定に基づいて「借主に原状回復義務がある」なんてみんな言っています。
が、ここでいう原状は”借りた時の状態に戻す”ことではないです。

 国交省のガイドラインでは原状回復を「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義しています。
 つまり原状回復とは”普通に生活して使用して劣化している状態”まで戻す、ということです。この通常劣化状態まで戻す費用は賃借人負担となります。

国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)より

具体的には、”日焼け”や”家具を置いた床のへこみ”などは経年劣化、通常使用による損耗なので賃借人負担なし。
タバコのヤニによる壁紙(クロス)の変色によるクロス張替えは、故意、通常使用を超えているものとして賃借人負担となる、ただし負担する額は残存価値まで。
クロスは6年で残存価値1円となるので、クロスを汚したとしても3年住んでいた人は張替え費用の50%を負担し、6年以上住んでいる人は実質的に弁償しなくていいことに。

その他、畳の表替えは原則賃貸人が負担するけど、まだ日焼けしていない畳を傷つけてしまった場合などは、その一畳分の表替えは賃借人が負担する。

現状回復についての特約に注意

 このように民法上の規定とガイドラインにより、賃借人が退去するときに支払う原状回復費用は長年住んでいる人ほど少なくなり、残存価格1円になるモノであれば毀損したとしても実質ゼロ円になる場合が多い。
 ただこれだと賃貸人の負担が多くなってしまうため、賃貸借契約に特約が付いていることもある。あらかじめ退去時に賃借人が負担するものを特約として決めておくのだ。
特約の例として
・ルームクリーニング代を負担する、
・畳、クロスの張替え費用を負担する、
・ペットを飼育した場合、消臭費用を負担する、などがポピュラー。

「契約自由の原則」により、民法上の原状回復義務より特約の規定のほうが優先されるので、こういった特約があった場合は注意が必要です。

 ただ”特約があれば何やっても許される”ということはなく、あまりに暴利に賃借人が不利な契約であったり、賃借人が特約により原状回復義務を超える負担があることの認識、了承のない特約は民法90条、消費者契約法10条により無効となります。


いざとなったら少額訴訟

 いざ退去した後で、家賃の未払いはないし原状回復義務として負担する金額もないのに敷金を返してくれない!
 こんなときは賃貸人(管理会社)に対して少額訴訟を起こせます。

 少額訴訟とは、60万円以下の金銭の請求のような簡易な事件について、当事者の負担をならべく少なくし迅速に事件を解決することを目的に作られた特別な手続きです。
 裁判所にも”敷金返還請求事件”として訴状のひな形・記載例があるくらい少額訴訟でよく使われているパターンです。審理も原則1回で終わります。しかも訴訟費用は相手の負担とすることができます。
 まあ敷金が60万円を超えていたら少額訴訟はできないんで、その場合は普通の裁判を起こすことになるんですけど。


 退去した後の管理会社で、敷金を返さない業者とはもはや仲良くする必要がないので、心置きなく裁判で訴えて敷金を取り戻しましょう。